ポリアンナ症候群

人として軸がブレまくり人間がそこから抜け出そうと色々やります

僕が選ぶ本当に面白いルポライティング3選

こんにちは、Lee_fetiaです。  

みなさん(もし読者がいるのなら)はルポライティングという読み物を読むことがあるでしょうか?もしないなら、もったいない!!小説や雑誌に比べてちょっととっつきにくく、少し、というか結構胡散臭い感じのものもあるため読まない、もしくは読んだことがないという方も多いのではないかと思います。    

そこで今回は、普段あまり本を読まない人でも引き込まれるように読むことができるノンフィクション・ルポライティングの傑作を3つ選びました。どれもこれも非情に濃い内容となっていますので、過剰摂取にご注意を。

結婚詐欺師クヒオ大佐吉田和正

結婚詐欺師クヒオ大佐 (新風舎文庫)

結婚詐欺師クヒオ大佐 (新風舎文庫)

 ―ワタシト婚約スルト結納金ガ米軍カラ5千万円出マス。結婚スルト英国王室カラ5億円ノ結納金ガ支給サレマス。  

 時は1970年代から90年代。まだまだ日本が経済成長の勢いを見せていた時代、とあるバーに一人の奇妙な男が現れた。「アメリカ空軍パイロットで父親カメハメハ大王の末裔。母はエリザベス女王の親類 ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐」と名乗るその男は、棚からぼたもちなんてレベルではない荒唐無稽な結婚話を交際女性に持ちかけ、約1億円を騙し取った。稀代の結婚詐欺師に関するルポだ。  

 この本は実在した結婚詐欺師の話を脚色して小説仕立てにした本だ。なので厳密にはルポでは無いのだが、読み応えは抜群。正直に言わせてもらうと、なんでこんな男に、というかこんな手口に騙されるのかさっぱり理解できない!(笑)なんで米軍のパイロットの結婚式にイギリスから金が降りるんだよ!(笑)

結婚後の報酬は

  • 私と結婚すれば、軍から5000万円の結納金が支給される。

  • またイギリス王室からも5億円のお祝い金が出る。

  • ウェディングドレスはダイアナ妃のドレスも手がけたデザイナーに依頼して製作してもらう。

  • 結婚式は故郷のハワイで盛大に行い、仲人は田中真紀子、司会はKONISHIKIに依頼して快諾してもらっている。

KONISHIKI!!!!!! f:id:lee_fetia:20170522153216j:plain

なぜかここでKONISHIKwwww

 かなり突飛なギャグセンスだと思ってしまうが、これをなんと大真面目にとらえて騙されてしまう女性がいるのだから世の中は広い。その経歴詐称のスケールも半端ではなく、「6歳でワシントン大学を卒業」したと語り、第二次世界大戦中に撮影したという戦闘機とのコラージュ写真もしっかり用意し、さらには大戦で受けたとする銃痕を自分の腹部にわざわざ穿っている。それだけではなく、ターゲットの女性と見事恋仲になれば「米軍から連絡が来た。返事をするから待っていてくれ。」などと言い英語で無線通信する姿を見せつけるなど、その念の入れ様も並大抵のものではない。そして対象の女性(しかもこれが百戦錬磨のホステスだったりするのだ)は「彼みたいな男、他にいないわ!」といってコロッと結婚してしまうのだ。

なぜこんなヘンテコな演出のもとで詐欺を行ったのか。ネタバレになってしまうがこの男はそもそも行き過ぎた妄想癖の持ち主であり、幼少期から空を眺めては米空軍に関する空想を行っていたのだ。詐欺という目的以前に自分を米軍のパイロットであると思いこむことがライフワーク、どころでは済まない彼の生きがい、拗らせに拗らせた自意識の末路であったことが後半で明かされる。

 被害者の女性には失礼な物良いかもれないが、僕はこの本を読んで「人間の可能性っていうのは無限大なんだなぁ」と逆に感心してしまった。求不得苦の思いから生じた、現実をも歪曲させるペテン。行き場をなくした妄想の昇華先は他になかったのだろうか。空への憧れなんて言い方はロマンチシズムの過剰分泌かもしれないが、彼が出会うものに出会っていたら、詐欺師にならずに漫画家や作家として活躍し、僕たちは「クヒオ先生」が拝めたのかもしれない。なんて思ってしまった。

SPEED ―石丸元章

SPEEDスピード

SPEEDスピード

 圧倒的スピード感で語られる90年代東京のドラッグ・カルチャー体験記。日本のゴンゾー(ならず者)・ジャーナリズムの草分け的存在である本書の魅力は何と言ってもその独特の文体である。百聞は一見に敷かず。その一部を引用しよう。

スピードなしじゃ、喜ぶことも、悲しむことも、怒ることも、不安になることも、安心することも、興奮することも、感じることも、そして、愛することもできやしない。泣くことも、嫌いになることも、何も!!何も!!何もできやしない!!!!!!!! でもいいじゃないか、スピードがあるんだから!!!!!! スピードさえあればいいじゃないか!!!! オレはいつか、致死量に達するスピードを一度に射ちこんで、恍惚のうちに痙攣して死んでみたい。    

 そうだよなあそうだよなあ!!スピードなしの人生なんてわさびなしの寿司、いやネタがのってない酢飯みたいなもんだよなあ!!さぁガンガンガンガン決めようぜ!金持ちも貧乏人も天才も大馬鹿者も、となりのおじさんも隣のおばさんも、スピードなら、皆で一緒に愛に包まれることができる!!テキーラで錠剤割って無理やり喉に流し込んで、ラリってきたら今度は腕に直注射だ!!脳みそがチューチュー、ジュービクジュービク言い始めてからが本番ってもんよ…

 みたいな気分になってくる。文字でキマれる。この人の本を読むとヤクザ映画を見た後のようになんか少し強くなった気がする。いや、違うな。寧ろMAD MAX見た後の気分に近い。映画館から買える道すがら、気持ちちょっと肩で風切って歩くみたいな感じ。アドレナリンがブッシャアと出て、自転車のペダルを必要以上に速く回してしまう。ヒャッハー俺様のお通りだイェェェェァ!!そんな気持ちにさせてくれる。

 しかしもちろんそれだけではない、この著者、やってることがメチャクチャなのだ。

 著者、石丸元章は渋谷のチーマー・カラーギャング界隈で流行するマジックマッシュルーム、スピード、マリファナなどの薬物文化に関する”取材”のために、自らその身を渦中へ投じ、実際にドラッグを体験しながらドラッグをめぐる人々のドラマと自身の身体的、精神的変化を綴る。

 …ということなのだが、その”取材”が…

マリファナを吸わせるために、オレは爺さんを走って追いかけた。全速力で追いかけて、爺さんの背中がすぐ目の前に迫った時、もっとすばらしい考えが閃いた。爺さんをモルモットにした強制マリファナ実験より、もっと面白いことを思いついたんだ。

幅跳びの要領で踏切のタイミングを見計らって、オレはじいさんの背中めがけて飛んだ。

「ジャンキーーーーー!!キーーック!!」

じいさんに気合を入れて勢いよく飛び蹴りをお見舞してやったんだ。

片足を引きずっている身体に背後からの不意打ちはハードすぎたのかもしれない。ぐにゃん、という感覚を軍用ブーツの裏に残して、じいさんは中にギュンと浮いてから、関節がなくなったようなイヤな形でぐにゃぐにゃっと顔面からアスファルトにつんのめった。

うわ、ムゴい。大丈夫かな。

良心が傷んだ。

 「良心が傷んだ」じゃねえよw

 こんなこと、今の社会でやったら炎上必須である。でもそこは90年代、もうずっとこんな感じなのだ。

取材なんかクソだ!!紙は「書く」もんじゃない、「巻く」もんだ。原稿用紙を巻いて、ジョイントを作り、読者に吸わせれば全てが伝わる。立ち昇る紫色の煙の中にこのオレの姿が見えればそれがノンフィクションというものだ。ニヒヒヒ、ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハ。

オレは、ニヒィニヒィ笑いながらトイレに入った。幸せ気分でジョボボッ― と発射。

ところが、なんか違うんだ。いつものションベンと、なんかどこか違う。でもこれは幸せの予感!!ラッシュ後の恐怖とは全然違うんだ。頭のなかで笑い袋をニヒヒと言わせながら、オレはその理由を見極めようとした…ジョボボ…!!予感、予感、予感的中!!

おおお!なんと、すばらしいことに

ションベンが胸から出ているじゃないか!!

 クズっぷりが凄まじいが、引用していてこれほど楽しい文章もなかなかない。それくらい、読ませてくる

 ちなみにこの著者は取材を続ける後にガッツリ中毒者となり、最終的に逮捕されている。本は面白いけど、薬物はやめましょう。というか、この本読んでスピード吸いたくなるような人間いたら、逆にお目にかかりたいけれど、でも途中までしか読まないと本当にただ薬物おもしろーいで終わる本なので最後まで読みましょう。崩壊していく人間を主観から覗くことができる数少ない書籍。そこらの小説より、ハマれるのは間違いない。

 しかしこの本が96年当時ベストセラーになったことを考えるとやっぱ20世紀って今よりもずっと自由だったんじゃないかと思ってしまう。いや、より正確に言うなら自由の種類が違うんだなあと。今の自由は所詮リバティ、実態を持った規範の上に成り立つ行動と文化の様式に過ぎない。「手に入れて、使う」ことに特化した自由。それは投資と言い換えることすら可能だ。

 90年代にあったのは、感じられたのはきっとフリーダムだ。責任の所在が曖昧であるからこそ漠然と感じられる概念としての自由。型を必要としない行間の営み。愛と平和が矛盾することなく共存できてしまうボノボ的価値観。それはきっと脆くて崩れやすいのだろうけど、ゆとり世代の僕には時折それがとても眩しく見えてしまう。

和僑 〜農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人〜―安田 峰俊

 きっかけは、2ちゃんねるに書き込まれた一つの投稿だった。「中国の農村に住んでるけど質問ある?」

 その男は中国の日本人に、いや世界中のほとんどの人々に知られていないようなある種秘境とも言える農村に、雲南省少数民族・イ族の女性と結婚して一介の中国農民として暮らしているのだという。奥さんとの間には11歳の娘と1歳半の息子がいる。掲示板への書き込みによれば現地での年収は僅か5000元。日本円にして6万円程度だ。

 だが、彼は自分の暮らしを「それなりに幸せ」だと語る。若者たちが山賊になったり、人さらいが子供を誘拐したりといったことさえあったという、その町での暮らしを――

 筆者は猛烈な好奇心に駆られ、中国の奥地から2ちゃんねるに書き込んでいる、この変な日本人を探すことはできないだろうか?と考える。

 「なぜ、わざわざ中国の農村なんかに住む気になったんですか?」

 このシンプルな疑問を直接ぶつけに行くために、筆者は中国へと飛んだ――

 このルポは2014年に発売された。上記2作品が今となっては昔の話であるのに対し、こちらはまさに現代社会の一部を切り取ったものだ。このルポに登場するのは農村の2ちゃんねらーだけではない。マカオの裏・表社会両方に精通する敏腕企業経営者、同じくマカオで甲斐甲斐しさを売りにする風俗嬢、失われた「一億総中流」の文化を上海にて復元する日本人駐在員、熊本での懲役後に上海で新たに組を立ち上げたやくざ、友好というハナから見当違いの幻想に背を向けた元日中友好協会の老女、といったアベンジャーズもびっくりのキャラ立った面々だ。

 そんな彼らの人生哲学は、国内にいてはなかなか身につけることのできない、それでいてどこか日本人的な不思議なものだ。だから登場人物の行動もその動機も、僕達にはある程度”分かる”。分かってしまう。ただの変人だと思うことなかれ。読み進めていくうちに、彼らの思考を垣間見るうちに、彼らも僕達動揺紛れもない僕達現代日本人の一人であること。そして、現代人が抱える複雑で多様な”問い”に対する答えを、それぞれ持っていることに気付かされる。決して落ちぶれてそこにいるわけではない。寧ろ大方の日本人よりも確固とした人生観を持ち、ハツラツと人生を歩んでいる。

 幸せを見失いつつある人は、是非とも読んでほしい。香辛料のように刺激的な一冊だ。